僕は子供の頃のトラウマでオムライスが食べられない!トラウマって本当なのか?

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僕は子供の頃の「トラウマ」でオムライスが食べられない。僕はある人に「トラウマ」なんて存在しないと言われた。

そんな事を言われた事もあって僕なりに考えてみた。

『本当にオムライスはトラウマがあるので食べられないのか?』

では、「トラウマ」って何だろう?

少し調べてみよう!

「トラウマ」の語源は何?

「トラウマ」は日本語では心理学の学術用語として「心的外傷」または「精神的外傷」と訳されている。その意味は精神的に何らかの大きな打撃を受け、さらにその影響が後遺症のように長く残るような体験を指す。最近ではPTSD(Post Traumatic Stress Disorder:外傷後ストレス障害)という言葉を耳にするようになっている。

この「トラウマ」はもともとはギリシャ語で、その意味は「傷」であった。したがってもともとは特に「心の」傷という意味はなかった。実際英語などでは“trauma” は後遺症を伴うような物理的な外傷(physical trauma)と心理的な外傷(mental trauma)の両方を指すのに使われている。

激しい物理的な外傷が後遺症を伴うのと同じように、過去の強い心理的ショックがそのずっと後になって忘れ去られても精神に障害をもたらすということを心理学者のフロイトが発見した。その際に用いられた “trauma” という用語がドイツ語の心理学用語となったものを訳したのが日本語の「トラウマ」のようである。

殆どの方が上記のように理解している。

どうやら心理学者のフロイトから由来されているようだ。

ただし、本当に過去に大きな傷を負った人は必ず「トラウマ」になり、それを引きずって生きているのか?

『もしかしたら、それを言い訳にして新しい一歩を歩いた方が良いのを頭では理解しているのに進まない理由にして心を慰めている』

これだと僕が接してきた人たち全員とつじつまが合う。

僕はある時、オムライスを食べてみた。

『美味しかった』

たまたま5歳の時に母が留守で隣のおばさんにつくってもらったオムライスがまずかったのにも関わらず。お代わりを断れなかった事で更に食べて辛かった思い出があるに過ぎなかっただけ。

確かに、あのオムライスはもう食べたくないが、店で食べたオムライスは非常に美味しかった。

嫌だった事をもう一度体験するのは誰でも嫌だか果たして同じ事が起きるだろうか?

僕はただ「トラウマ」がある事を話のネタにしていたのかも知れない。

トラウマがある事で周りが優しくしてくれたり、話を聞いてくれる事が嬉しくてわざと進まない自分がいる。

そう、トラウマと言う「原因論」なのに自分が変わらない、進まない、進化しない、を能動的に自分がやっている。

「目的論」になっている!?

僕は周りにいる経営者に「ブログ」をやってみたらと言う。

そうすると二通りに分かれる。

嫌々ながら書き始める人。絶対にやらない人。

書いている人は多少ながら報酬が発生してきます。書かない人は書かないように仕事が忙しくしたり趣味に使う時間が多くなったりして報酬どころか出費が増えて行く。

そんな事をして人間は自分を正当化していく。

人間は分かりやすい!人間は非常にシンプルで「新しい事に取り組むには初めの一歩を踏み出す」のに勇気が必要。

多くの人間は大人になるにつれ多くの傷を持って行く。

つまり、前に進めない過去を持って行く。

大人は進化しない。大人は成長しない。子供は進化する。子供は成長する。

未来に目的がない人間は「豊か」になるはずがない。今で満足している人間は怠ける。

もし、あなたの「今」が嫌なら何歳になっても変われる事は間違い。

あなたに目的があれば!過去は全く関係ない。

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kazuhiko ono
店舗経営意匠、売り方、人間、教育、WEBマーケティング、多店舗展開、チェーンストア、ブログ、スーパーバイジング、明日の店舗経営研究会(アスケン)。

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